客観的な要約:キャンペーンの整合性を守るMJのツール
要約
ノートに個人的な解釈が混ざると、後のセッションで事実が曲がる。客観的な要約は誰が何をしたか、何が変わったかだけを記録する形式。40セッション、60セッションにわたって信頼できるコーデックスを作るには、判断を含まない事実記録が必須。
客観的な要約:キャンペーンの整合性を守るMJのツール
先週のセッション。三つ前のセッションで描写したシーンにプレイヤーたちが踏み込んできた。派閥の長オリン・アシュヴェイルは中立を保つ存在のはずだった。ソーンメア・ギルドとリバー・パクトの平和調停役だ。ところが、セッション12の私のメモには書いてあった:「オリンは怪しい。ギルドと繋がってるのでは」。その疑いはプレップに混ざり込んでいた。セッション15までに、決めた覚えもないのに、あの人物を悪役に変えてしまっていた。
客観的な要約があれば、それを防げた。記録は単にこう読まれるべきだった:「オリンは両派閥の代表と会った。明示的な同盟は成立しなかった。両派閥は解決を見ないまま去った」。清潔で、事実的で、解釈の余地がない。
これが、ゆっくり正統性を腐らせるメモと、持続するノートの違いだ。
客観的な要約とは何か
客観的な要約は、何が起きたか、誰が動いたか、何が変わったかを、判断も疑いも感情的な彩色も加えず記録するものだ。これはジャーナリストが速報を書く時の原則と同じ。事象を述べ、解釈は述べない。
MJや創作者にとって、構造は単純だ:
誰が 何をしたか
何が 起きたか(決定、結果)
何が 変わったか(派閥関係、アイテム所在、NPC状態)
これだけだ。「プレイヤーたちは開示に困惑しているように見えた」ではなく、「このNPCは怪しい感じがする」でもない。そういった評価は個人用のプレップノートに明確に分けて書く。客観的な要約は、お前の正統的記録だ。
40、60セッションにわたって、唯一信頼できるドキュメントは、ある特定の夜の感情を一切運んでいないもの。その違いが全てを決める。
MJが間違える理由

大抵のMJは、セッション後に自分自身に話しかけるようにメモを書く。「最高だった、プレイヤーたちは本当に裏切りを信じた。ミラはこいつらのお気に入りNPCになってきてる」。あれはジャーナル。個人には有用だが、コーデックスには向かない。
問題が浮上するのはセッション22だ。ミラを含むシーンをプレップしているとき、ノートに戻る。書いたもののうち半分は、プレイヤーたちの反応についてで、ミラが何をしたかではない。メモリから穴を埋める。セッション22の時点では、それはメモリから作られたメモリで、その後に起きた全てに形を変えられている。知らないままに正統性を発明してしまった。
長期キャンペーンで現れる三つの失敗パターンがある:
解釈による漂流。「あのNPCは緊張した様子だった」と記録する。セッション後のプレップでそれは「信頼できない」になる。セッション30までに、そのNPCは何か秘密の議題を持っているように見える。決めたこともなしに。
不完全なアクション記録。一行動は「説得を試みた」で、DPスコアいくつで成功したか、その結果何が変わったか、詳細が無い。後で読み返しても、プレイヤーが何を得たか、世界が何を失ったか、分からない。
感情フィルタ混在。セッションの終わり、MJとしての興奮。「イイシーンだった」という光で、ノートを書く。その記録には、実際のテーブルでのやり取りではなく、満足度が映る。三つ前のセッションでは上機嫌だったから、あのNPCは「思慮深い」。今セッションは疲れてたから、同じアクションが「生意気だった」になる。
全部、判断が入り込む結果だ。判断は後悔と矛盾を生む。
正統性とアーカイブを分ける
二種類のドキュメントを保つ必要がある。
コーデックス(正統的記録):何が起きたか。誰が何をしたか。何が変わったか。それだけ。これは参考資料だ。プレップの時、以前のセッションと矛盾していないか確認する場所。
プレップノート(個人用評価):お前の考え。感情。今後のアイデア。「あのNPCの秘密議題はこうかもしれない」。「プレイヤーたちはこの要素に反応した」。これはアイデア帳。個人所有。

実践は、セッションの直後だ。テーブルに座ったまま、またはその晩か翌朝に、ノートに何が起きたかを一段落書く。音声で口述録音するのもいい。「オリンはギルドと会った。テーブルには三人いた。誰も剣を抜かなかった。オリンは去った」。二分で書ける。
後で、プレップノートを別に作る。「オリンの動きについて、ギルドとの関係について、ここで推測をできるだけ詳しく。セッション15ではこうなるといいな」。これは判断ノート。コーデックスではない。
キャンペーン構造に正統性を埋め込む
正統性フレームワークは、セッション形式そのものに埋め込める。セッションの最後の五分:「今のセッションで起きたこと、簡潔に」。プレイヤーたちにも話させる。誰の見解が違うか、グループで一致する。その一致したバージョンが、コーデックスに入る。プレイヤーたちも投資する。矛盾は表面に出る。
セッション間の一週間。コーデックスを見直す。以前のセッションとの関連性がまだ成立しているか。NPC、派閥の動機はまだ一貫しているか。矛盾があれば、どちらかのノートを修正する。
修正したことが分かることが大切。何も秘密にしない。「セッション12の記録を見直して、オリンの行動はこう読み直した」。プレイヤーは信頼できる。
五十セッション、百セッション。正統性ドキュメントが大きくなる。それでもなお事実だ。判断が無い。感情が無い。プレイヤーたちと共有できる。
正統性が無いときと在るとき
正統的なコーデックスが無いと、NPC の動機が五セッションで変わる。ノートの感情フィルタが変わるから。プレイヤーたちが矛盾を指摘する。長期の伏線が台無しになる。プレップ時間が増える。毎回、過去のセッションを「思い出す」のに時間がいる。
正統的なコーデックスがあると、NPCの動機が一貫する。記録したから、判断が無いから。セッション後の矛盾が即座に見える。伏線が信頼できる。プレップが速い。読み込むだけで、前セッションまで思い出す。
正統性は準備だ。準備は自由だ。プレップがスムーズなら、テーブルのインプロヴァイゼーションに時間を使える。それがMJとしての力だ。
最初の一歩
今、何もない状態から始めるなら。テンプレートは簡単だ。セッションごとに、一項目だけ埋める:
セッション | 日付 | 登場NPC | 登場派閥 | 主な事象 | 世界の変化
後は、その日付のセッション後、五分で埋める。それだけ。
複雑さはいらない。AI が何かを提案するとしても、お前の判断は常にそこにある。コーデックス に何を入れるかを決めるのはお前だ。
パターンを開く。最初のセッションで試す。二番目のセッション、記録とプレップノートを分ける。三番目のセッション、矛盾があるか確認する。一ヶ月後、その習慣はプレップの核になっている。

正統性は決まりではなく、構造だ。キャンペーンをコーデックスで支える。物語的に、機械的に。
結局のところ、キャンペーンは約束だ。プレイヤーたちに対する約束。世界と整合性、NPC、伏線の約束。その約束は、記録にある。判断が無い記録。事実だけの記録。それが正統性だ。